友人が街コンに行ってきて、そこで見事彼女さんをゲットした。
随分と難のある異性交遊が続いていたから安心なのだが、早速トラブっていたのでこの話を聞くに至った。(相談を受けた)
街コンて国がやってるんだと思ってた
業者なんですね。いわゆる出会い系業者みたいな
友人が行ったところは案内人がムショ上がりみたいな悪人ヅラだったそうな。
万券(男は高いらしい)はたいて飲み放題とやっすいポテトとかが付いてくる程度の会だったみたいだし、
なんだか結局はいかがわしいものなんだな。他のとこも話を聞くに男性10の女性3、みたいな破綻した会なんかも開かれていたりするらしいし、
業者が儲けや信用に走ってしまえばサクラなんかもいるんだろうしなぁ。(とか言ってたらノーチャンスなわけだけど)
でも実際にお付き合いするに至るなら良かったのだろうけど
そうして実はどうあれ仲介人が立つことでなんとも紳士淑女たる振る舞いで、装いで関係が築かれるのは
単なる概念の問題だよなぁとも思う。
コストパフォーマンスを考えたら
それこそネットがある時代なのだから、積極的に出会いを求めようとしたら
当人同士の行動1つで叶うこともあるだろうと思うのだが、
そこら辺はリテラシーというものや、出会いを求めている人たちですら頑なに「ないもの」だとして除外した生活を送っている。
とある野球選手がとあるアダルトのプロをTwitterのDMでアメリカに呼んですることして帰す、みたいなことを恥ずかしげもなくしていた話を聞いて以来、
そんなことは横行している気もするのだけれど、そういうものが表面化するせいで
まっとうな出会いすらも否定されるのであれば勿体無いなぁと思う。
そのためにヤ○ザまがいな人たちに転がされながらもそういう催しに金を落とすことになるのでは
効率は悪いよなぁと思う。
気の合う合わない
そんなことを明確に、それこそ恋に落ちるかのように感じているにも関わらず
その気持ちをあたかも邪、「ないもの」だとしてしまうのならその人生に乗り換えはないのだろうと思う。
恋愛にセックスは付き物で、邪と感じるのは多分、目下それだけしか見えていない自分を感じているからで
とりあえずカラダノカンケイを築いてしまったからには、人は透けて見えると僕は思う(プロの方々の心理は僕の想定には及ばないのだろうな)のだけど
心の関係に一歩近づけば、その邪が如何に脆弱で幼稚なものだったかを気づくと思っている。
女性は決してお前なんかのいいようにはならないし、男性も決してカッコ良くはない。
欲しいものだけが手に入るだなんて思い上がりを捨てて、謙虚に堅実に出会いを育むのなら
ネットだろうがライブハウスだろうが「この人だ」と思うのならば一手を打たねばきっと、人生は流れていくばかり
具体的な出会いの場を設けることで意識を高めることは理に適っている気もするけれど、それはそれで熱に浮かされて冷静な判断力があるのかといえば疑問だ。
人を見定めるには、時間がかかるから、それをお付き合いしてから考えていけるならそれもいいが
ある程度吟味するとするなら、個人情報だだ漏れのSNSなんてのはもってこいだとも思う。
この記事書き始めたときは「ふれあいひろば〜街コンver.〜」の開催も面白いかも、と考えてみたけど
面白半分でやっていいものではないなぁと踏みとどまるのでした。
普通に参加するバンドマンとかもいそうで笑えるなーと思ったけど、人格に難ありの人を見定める目や審査基準とかどう決めたらいいかわからんしなぁ。