僕が受け流したい時間に対面した時は
スマホをいじるか目を瞑るかの二択。
汎用性の高さをいうなら後者
後者は場面を選ばず適用できるが、どうしても無礼に映るのはどちらの選択肢にも言えること。
しかし生きる屍と化してニコニコとしているときは何よりも労力を要している状態と言えると思う。
目を瞑る(眠る)ということは即ち、体力を温存し、タイトルにある時間を運用(願わくば)している意思表示に他ならない。
もちろん、体力のなさから来るものは意思とは無関係だが「明らさまな寝たふり」などはまさにそれ以外の何物でもない。
なるべく怪我のないように嵐の過ぎ去るのを待つように、そのすれ違いでの事なきを得たいという心を
察して頂きたい。
喋り続ける
退屈で終わらせるか、それとも攻めに転じて金山を掘り当てようか、その二択を迫られる場面も出くわすことも少なくない。
僕は初めて会う方と仕事をご一緒する、ということがこの人生に於いてとても多かった。
いわゆる派遣アルバイト、という奴を主にやってきたわけなんですが
その際、黙り込んで14時間だとか20時間だとかの業務時間を待つようにすることを選ぶととても辛い。そして眠い
仙人修行ってこんな感じかな、って思うような、退屈で身体中を縛られたような時間が流れ、その流れはとても鈍重であった。
これは自分で発見したのか誰の受け売りかはわからないが、喋り続ける、というのは中々良い。
勿論、無駄話だけではなく作業内容についてが主ではあるが、それはユーモアを考えるに実に合理的な時間だった。
押し黙って過ごすことで、頭の中には言葉が次々と湧いてくるわけだが、それを一度言葉にさえして仕舞えば整理され、次に押し寄せてくるまではスッキリしている。
何より、作業や同僚の体調や気分をを円滑に把握しうる意味でも、ことあのアルバイトに於いては効率が良かったと感じている。
しかし問題なのが僕は謙虚にいうなら薄情者、自覚としては旅人のような人間性なんだと思っているのだけど
一期一会は言葉の通りにその場限りに終わらせたいという人間らしく、幾ら気性があっても連絡先の交換は億劫に思ってしまう人。
そこで連絡先の交換の話が持ち上がったときには「やってしまった」といつも思っていたが、業務の性質上、影の顔を持つ人も多く、同じ感覚の人は多かったように思う。
ツイ廃ではあるものの、いつからかメールは面倒なんですよね。
時間の運用してねーじゃねーか
と一個前の段落を読んで思った方もいるかも知れませんが、
その逃れようのない時間、且つ如何にも無駄な時間と面と向かった際に(問題なければ)したいのは
その時間を過ごす自分の消費労力をどれだけ削るか、であると思うんですよ。
実際にその時間、若さや流れる時事や日時なんかは停めようにも停められないし、そこを切り取って未来にやり直す、というのは不可能だ。
しかし擬似的に、そこでのマイナスを著しく減らせたなら、
その体をもってして未来を別のことに使役することが適うという考えが「時間の運用」。
即ちさっきの段落で伝えたかったのは「ストレスの消費を抑える」「なんなら楽しくお仕事をして気持ちプラス」という行動をとることにより
より気分良く未来の、具体的に言うならば休暇や趣味の時間を楽しむことが出来るのではないか、という提案。
冒頭の2つはさっきも書いた通り、無礼に当たることがあるので、多用は利かない。
そうなれば、虎穴に入らずんば虎子を得ずではないけれど
寧ろ積極的に参加する方がマイナスを抑えることが出来る場合もある(周りの評価なんかに鈍感な方は冒頭の2つが最強)。
最後に
さっきの対応策などは、人の状況環境によりけりだから何とも正解は伝えられないけれど
最高の展開を描くのであれば、その目の当たりにしている時間こそが最も全身で体感したいと思える生活を築きたいもの。
僕なんかは寄り道ばかりして来てしまったし、さっき書いたように、どう前向きに省みても「無駄だった」と思うような時間は沢山あった
そしてそれが必要だったとは決して思わないから、
読み手の方には「自分がそういった場面に出くわさないで良いような権利」を勝ち取る努力をすることをオススメしつつ
それでも回避出来ぬ僕のようなラインで生活するお仲間の皆様には
この記事を通して書いたような考えは如何でしょうかとお話しします。
お粗末。